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[キューバ]チェ・ゲバラの聖地サンタクララへ。

こんにちは。

 

ずいぶんご無沙汰になっちゃいました。(このセリフも何回目になるやら。。)

 

リアルタイムではブラジルはリオデジャネイロでカーニバルを見て、弓場農場という日本人移住地で農作業を体験させてもらっていたところです。

 

今は弓場を出てボニートへと着いたところ。

 

久しぶりに一人になったのでこうしてまたブログを書いてます。

 

ブログはどこまで書いたんだろ?って未だキューバのようですね。。あっさり三ヵ月遅れとなってしまったようです汗

 

ほんと南米に入ってから日々充実しているのでブログを書く時間が減ってしまったけど、まぁぼちぼち書いていきますので今後ともヨロシクお願いします。

 

 

 

さてさて、、

 

 

て事でブログ上は変わらずキューバ。

 

世界遺産の町トリニダーでの滞在も満足したので次の町、サンタクララへと移動する。

 


サンタクララまでも格安のカミオンで行ければ良かったんだけどその辺で情報を聞き込みしてところ、

 

カミオンは週に何回かしかないとか朝5時発とかそんな情報しかなかったので大人しくViasulで向かう。

 


Viasulだとサンタクララまで8CUC(8ドル)だ。


外国人価格で高いんんだけどまぁまだ許容範囲かな?

 

バスは昨日行ったシエンフエゴスを通っていく。


ルート的に二度手間な感じだがまぁいいや。

 

バスは4時間とかそれぐらいでサンタクララに到着。

 

バスターミナルには早速チェ・ゲバラの絵があった。

 

何を隠そうこのサンタクララに来た最大の目的はチェ・ゲバラの霊廟を訪れること!

 

後で早速訪れるんだけどまずは宿を確保せねばね。


郊外のバスターミナルから町中まで市バスで移動して宿を探した。

 


が、これがなかなかに苦労した。。

 


何回か書いてるけど、キューバでの宿は大体一部屋いくらって感じで、それが20CUC(20ドル)とかするのよね。


ベッドが二つあるので二人なら一人10CUCで済むんだけど一人で20CUCとなると小さくない出費だ。

 

て事で、なんとか一人で15CUCで泊めさせてくれる宿を探したんだけど、全然見つからない。。

 


宿はたくさんあるんだけど、どこも協定かなんかあるのか?ってぐらい値下げに応じてくれない。

 

別に値下げしなくても客は来るわって強気なのかな?

 

結局訪ねまくって15軒目くらいでようやく15CUCでも良いって宿が見つかったので助かった。。

 

宿の人も英語話せて優しい感じだったなー。「Oasis」って名前なのかな。

 

まぁ宿自体はそこら中にあるので特に場所などは載せませんが。

 

 

 

そして本題のゲバラの霊廟へと向かう。

 

町中心からは歩いて30分ほどかな。

 

 

こちらがゲバラのお墓!チェ・ゲバラメモリアルとなっている。

 

威風堂々って感じのチェ・ゲバラの像が立っている。

 

写真だとわかりずらいが、6mほどもある大きな像だ。

 

ゲバラの像の下には

 

「HASTA LA VICTORIA SIEMPRE」

 

「常に勝利に向かって」

 

という文字が。

 

チェ・ゲバラの人生を表したような言葉だ。かっこよすぎ。

 

これ、今から自分の座右の銘とさせて頂きます。恐縮ですが。

 

横で。

 

別角度でもどうぞ。

 

 

さて、ここでチェ・ゲバラに関するうんちくを少々。

 

フィデル・カストロらとともにキューバ革命を成功させたゲバラであったが、本人は他の中南米の地でも革命を起こすために南米の中心に位置するボリビアへと向かう。

 

ボリビアでゲリラ活動をしていたゲバラだったが、残念ながら政府軍に捕まえられ処刑されその夢は散ってしまった。。

 

 

↓先の話だけど、そのボリビアでゲバラが処刑された場所にも行ってきました。

 

その様子はまたボリビアの時に!

 


ボリビアでのゲバラの埋葬場所はしばらく秘密となっていたが、死後30年後にようやく公表され、遺体はキューバ政府によって回収、移送されてこのサンタクララへ改めて埋葬される事になった。

 

このサンタクララは、キューバでのゲリラ活動時にチェ・ゲバラが攻め落とした最後の要所って感じで、これにより革命軍の勝利が決定的になった場所なのである。

 

なのでこのサンタクララにゲバラのお墓が作られたようだ。

 

 

 

この像もゲバラがサンタクララに入城した時の様子を表したものだ。


っていうのはその時ゲバラは左を負傷していて包帯を巻いてたからね。


まぁそれは「チェ・ゲバラ 28歳の革命」の映画で見ての知識なんだけど、多分そういう事でしょう。

 

 

さらにこの像の脇にはゲバラがキューバを去る時にフィデルに宛てた手紙の文章も掘られている。

 

 

この地下と言うか内部が博物館のようにもなっている。

 

実際お墓って感じはあまりしないな、やはり博物館だね。


内部は残念ながら写真撮影できなかったが、ゲバラの幼少の頃や学生の頃の写真、ゲリラ活動中の写真や使っていた銃や服などなどが大量に展示されていいてゲバラファン垂涎ものだね。

 

ってゲバラファンなら真っ先に訪れるような場所か。

 

写真の中には革命を成功させた後の、日本へ視察へ来たときの写真もあったな。

 

なんか日本の畑で耕運機みたいのを動かしている写真だったな。

 

ゲバラが日本に来た事あったとはなんだか不思議な感じ。

 

 

最後には亡くなったゲバラに対するフィデルの手紙があったかな。(多分)

 

なかなかに充実の内容です。

 

てことで記念撮影。

 

ちなみにこのメモリアルの脇にフィデルの看板があった。

 

いつからあったのかわからないけど、先日このフィデルもついに亡くなってしまったね。

 

フィデルはキューバ南部のサンティアゴ・デ・クーバに埋葬されたけど。

 

 

 

そしてこのサンタクララには他にもゲバラ由来の地があるのだ。

 

さっき、ゲバラがこのサンタクララを攻め落としたって書いたけど、その時に襲撃した政府軍の鉄道車両。

 

「チェ・ゲバラ 28歳の革命」の映画だとその様子が詳しく描かれているけどその場所に鉄道車両がそのまま残されている。

 

さすがに当時のままってわけではなく、綺麗に整備され博物館のようにはなっているけど、当時の様子は垣間見れる事ができる。

 

同じくこの映画の中で「町で一番高い建物である教会を占拠する」ってのがあったけどそれがどの教会かはわからなかったけど。

 

高い教会はあったけど映画のとは雰囲気が違ったからね。

 

まぁ映画がこのサンタクララで撮られたものではないのはわかるけど。

 

 

 

サンタクララにある政府系の建物に大きく「che」とサインが書かれている。

 

そしてその前には子供を抱えたゲバラの像もある。


その近くにある星形のモニュメントにもゲバラが描かれている。


 

と言うわけでゲバラファンにとってはまさに聖地とも言えるサンタクララであった。

 

でもゲバラ抜きでもこのサンタクララの町は現地人の様子が近くで見える感じでけっこう好きな感じだったかな。

 

 

その様子はまた次回へー。

 

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author:oka, category:153.キューバ, 10:22
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