RSS | ATOM | SEARCH
[キューバ]革命博物館でキューバ革命について学ぼう。

こんにちは。

 

リアルタイムでは俄然ウユニです。まぁあと数日いるのかな。

 

で、ブログではキューバですね、いつリアルに追いつくやら?

 

 

さて、今日は現代キューバの歴史でも最も重要なキューバ革命

 

その革命博物館にやってきました。

 

これが革命博物館の外観。

 

革命以前の、大統領の官邸として使われていた建物だ。

 

入り口には

 

Gracias por todo, Fidel

 

と書かれた垂れ幕が。

 

数日前に亡くなったフィデルに対するものですね。

 

「ありがとう、フィデル」

 

キューバ革命を指導したフィデル。革命博物館にこうしてフィデル追悼のものがあるのは極自然だね。

 

中に入ってみる。

 

入場料は8CUC(900円ほど)とキューバの物価からするとなかなか高い。いわゆる外国人料金だな。

 

まぁそれだけの価値は十分にあるだろうって事で迷わず入場だ。

 

 

博物館内部には、革命に至るまでの背景などが解説されてある。

 

キューバ革命の火ぶたを切ったサンティアゴ・デ・クーバでの1953年のモンカダ兵営襲撃事件からの展示からかな。

 

そのモンカダ兵営も今は博物館になっていて、展示されている内容はまぁ近かったかな。

 

↓博物館内部は大統領官邸だっただけあってかなり豪華。

 

 

 

せっかくなので、その点も含めながらフィデルやゲバラがなぜキューバを革命に導いていったかを簡単に解説してみます。

 

まぁ素人としての知識しかないので大目に見てください笑
 

 

さて、1902年キューバ共和国が成立。

 

それ以前のキューバはスペインの植民地だったわけだが、1898にアメリカとのスペインとの戦争でアメリカが勝利。

 

キューバはスペインから独立できたわけだが、実質アメリカの保護下に置かれるような形になる。

 

キューバ国内にアメリカ軍の基地が作られたりと、軍事的にもキューバはアメリカにとってかなり重要な国であった。

 

それ以降キューバではいろんな政権があったわけだが、基本的にはずっと親米政策だったようだ。

 

だが親米すぎて、と言うかアメリカの保護下のようなキューバはアメリカに搾取されるような形にもなってしまう。

 

 

キューバ革命が起きた時の大統領、自身もクーデターを起こして大統領になったバティスタってのだったのだが、バティスタはそれまでの大統領以上にひどく、キューバの土地や権利をアメリカに売ったりして私腹を肥やしていった。

 

その一方でキューバの一般国民の多くは農民で地主に搾取されるような、要は貧しい生活を強いられていた。

 

その状況を打破するために立ち上がったのがフィデル・カストロなのである。

 

 

フィデルは弟のラウルらと共に、さっき言ったキューバ南部のサンティアゴ・デ・クーバでのモンカダ兵士宿舎を襲撃する。

 

 

 

が、この襲撃は失敗に終わり、フィデルやラウルは捕らえられる。

 

リーダーであったフィデルはすぐに処刑されてもおかしくない気もするが、弁護士でもあったフィデルをすぐに処刑するわけにもいかず、裁判が行われていった。

 

裁判では弁護士であるフィデルが自分で自分を弁護したようだ。

 

↓当時の写真。若いフィデル。

 

 

裁判の結果、フィデルに言い渡されたのは刑期は15年。

 

弟のラウルは13年などだったようだ。

 

↓メンバーの刑期が書かれた紙。

 

服役中に、この裁判の時の陳述内容を元にした

 

「歴史は私に無罪を宣告するだろう」

 

という本だか冊子だかを発行する。

 

有名なセリフ?みたいな感じにもなってるよね。

 

 

15年の刑となったフィデルだが、その後、政府によってこのメンバーに対する拷問や殺害が明るみになり、フィデルらは恩赦という形で釈放される。

 

↓一番右がフィデル。釈放された時の写真かな。

 

 

その後、メキシコに渡ったフィデルは再び軍事クーデーターを起こすべく準備をする。

 

その最中に出会ったのがチェ・ゲバラだ。

 

アルゼンチン人であったゲバラはフィデルに賛同してクーデーターに参加する事を決意。

 

 

そして1956年に82人のメンバーで「グランマ号」という船に乗りキューバを目指した。

 

このグランマ号は現在この革命博物館に、かなり頑丈な警備の中展示されている。

 

キューバにとっては「ノアの箱舟」みたいな扱いだな。

 

 

だが、キューバに上陸したフィデル一行は待ち構えていたバティスタ軍による襲撃で、82人いたメンバーも18人にまで減ってしまう。

 

だが、山中でのゲリラ活動を続け、地道の民衆の賛同を得ていったフィデル達はどんどん勢力を拡大していく。

 

↓ゲリラ戦での様子を再現したジオラマ。右がゲバラで左がカミーロ。

 

キューバ各地での戦闘でも重要な戦いはいくつかあったが、フィデル達の勝利を決定的にしたのがサンタクララの陥落。

 

それを指揮していたのがゲバラだった。

 

 

キューバ政府軍の士気も下がり続け、ついにバティスタは国外に逃亡。

 

 

フィデル達はハバナを支配下に置きクーデターは成功。キューバ革命を成功させる。

 

 

先のモンカダ兵営襲撃で失敗、多くの仲間も失って本人も命の危機があったはずだ。

 

それでも再びキューバに上陸し、革命にまで導いたフィデルの信念ってのはすごいよね。

 

自分なんかにはとても想像もつかないわ。

 

↓左は革命の勝利宣言かなんかをした演説の写真だったかな。

 

ゲバラ、フィデル、カミーロが写っている。右の写真も言わずもがなフィデルですね。

 

博物館では、キューバ革命を起こしてからのキューバの変化ぶりなども展示されていった。

 

革命後もフィデルはアメリカと友好関係を続けていきたかったようだが、アメリカ訪問時に冷遇されたり、キューバ国内でのアメリカの権益をすべて国有化したりしてアメリカとの関係は悪化、ついには国交断絶となる。

 

そして当時、アメリカとソ連との東西冷戦の真っただ中。

 

「敵の敵は味方」

 

とばかりにキューバはソ連と急接近する。

 

そこからキューバは社会主義政策をとっていったようね。

 

そして「キューバ危機」なんてものも起きてしまう。

 

あわやアメリカとソ連とで全面核戦争が起こる寸前までいったようだ。

 

ソ連がキューバに核爆弾の発射基地を作ったのが原因。まぁ興味ある方はキューバ危機について調べてみてくださいー。

 

さすがに核戦争は回避されたが、キューバとアメリカの関係は最悪の状態のまま。

 

国交断絶の状態が50年以上も続いたが、数年前にようやくアメリカとの国交が回復

 

国交断絶中、正直かなり貧しくて厳しい時代があったキューバだがこれによってどんどんキューバも変わっていくと思われる。

 

 

実際に今回キューバに来てみて、思っていた光景よりもずっと進んだ生活になっているように感じた。

 

町中にwifiがあったりとかね。

 

今後キューバはさらに変わっていくだろうが、キューバ国民にとって良い変化となるといいなと見守っていきたいと思います。

 

まぁ簡単にだけど、これがキューバ革命とかの歴史です。

 

 

↓博物館内にあった、フィデル、ゲバラ、カミーロの像。

 

 

そして、この博物館にはチェ・ゲバラのコーナーもあった。

 

革命成立後、キューバで閣僚として働いてきたゲバラであったが、貧困や搾取に苦しむ他のアフリカや中南米の国を革命に導くべく、再び戦場へと身を置く。

 

キューバ代表として国連でも演説していたようなゲバラだし、ボリビアに潜入する際には変装して入国したらしい。

 

↓これが変装時の写真。なんかこれだとただのおじさんだな笑 当時のパスポートの写真もあった。

 

結果的にボリビアでのゲリラ活動は失敗に終わり、ゲバラはボリビアで捕らえられ処刑されてしまう。

 

そんな人生もあってか、ゲバラの人気はキューバだけにとどまらず中南米の至るでゲバラの絵を見かける。

 

↓ハバナ旧市街にあったゲバラ。

 

ちなみに、、リアルタイムではそのボリビアにいて、そのゲバラが処刑された場所などを訪れるつもりです。

 

その様子はまたいずれ。

 

 

 

そして、自分がキューバを訪れた数日前、そのキューバ革命を指導したフィデル・カストロが亡くなった。

 

キューバ革命の後50年ぐらいキューバのトップとして君臨していたフィデルだが、庶民派で国民から人気も高かったみたいね。

 

ちょうどフィデルの葬式や遺骨が埋葬されるまでのキューバ国内行脚?の様子の写真が載った新聞が売られていたので買ってみた。

 

↓フィデルの棺。

 

↓サンティアゴ・デ・クーバに埋葬されるまでの経路。

 

グランマ号でキューバに上陸し、ハバナを陥落されるまでのルートの逆を行くような行程だ。

 

フィデル亡き後ってか引退した後、議長の座には弟のラウル・カストロがついた。

 

ただ弟だからってわけでなく、ラウルは最初のモンカダ兵営襲撃から参加している革命軍の重要メンバーだからね。

 

そんなラウルももう高齢になってきているし、当時の革命軍のメンバーがいなくなってしまった後はさらにキューバの変化は進むかもね。

 

 

 

 

さて、この時12月4日にフィデルがサンティアゴ・デ・クーバに埋葬されるという情報を聞いた。

 

せっかくなので、そのタイミングでサンティアゴ〜に向かった見ようと思います。

 

現代キューバの英雄、フィデルに対する国民の感情なども見られるかもですし。

 

 

てなわけで一度ハバナを離れてサンティアゴ・デ・クーバに向かいます。

 

--------------------------
ランキングに参加してます。
更新ペースは気まぐれですが、押して頂けると嬉しいのでよろしくお願いしますー。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

author:oka, category:153.キューバ, 07:32
comments(6), trackbacks(0), - -
Comment
お久しぶりです。ランナーさん
この記事面白かったです。下調べの賜物ですね!!
しんしょーハイド, 2017/01/22 1:15 PM
おーハイド君、日本はどうかねー?
そちらもブログ再開したみたいだね!読ませてもらってますよー。
oka, 2017/01/22 9:00 PM
この記事、わかりやすくてすげー面白かった!
俺たちはこの後、ボリビアに行くからチェ最後の場所、行ったら教えて!
世界遺産ハンター, 2017/01/23 11:48 PM
ハンターさん
こちら今からラパスに行く事にしましたー。1週間ぐらいいかもなので会えたらよいですね!ゲバラのはその後行きますー。
oka, 2017/01/25 7:04 AM
革命博物館、懐かしい。
キューバに戻りたいなー。
こちらはベナンからブルキナファソに戻ってきたばかり。
Kazu, 2017/02/25 6:56 AM
Kazuさん
キューバいいですよね
ベナンもブルキナファソも懐かしいです。楽しんでくださいー。
oka, 2017/03/07 4:27 AM









Trackback
url: http://blog.world-runner.net/trackback/1290