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[ハイチ]地震の爪痕が残る首都ポルトープランス

昨日到着したハイチ、第一印象は「アフリカそのまんま」って感じだったが実態ははたしてどうか?

 

滞在も短いので今日はがっつり観光することに。

 

 

まずは首都ポルトープランスの中心、「CHAMP DE MAR(シャンプデマール)」というエリアに行ってみる。

 

早速だが、ここで見たかったのはこちらのNational Palace

※ハイチのサイトより転載

 

「なんもない町に異様に大きく目立つ建物」みたいに過去に訪れた人の日記で見たことがあった。

 

だが、残念ながら2010年の地震で、この建物は崩壊。。

 

しばらく手つかずだったようで、その崩壊したままの建物がまだあるのかと思ってたけど、現在では撤去されたみたいできれいさっぱりなくなってた。

 

 

国を代表する建物、日本でいうと国会議事堂ような建物が崩壊するという悲しい地震が起きたのは2010年。

 

このハイチでの地震については詳しくは知らなかったが、今回調べてみたらなんと31万人も亡くなっていたらしい。

 

元々西半球最貧国なんて言われている国なので、建物も日本のような耐震構造などない、簡素な作りの家が多かったなどが理由だろう。あと地震後にコレラの流行もあったとか。

 

それにしてもこの小さな国で31万人とはすごい規模の地震だったろう。。

 

 

でも、町を歩いていても、地震で崩壊したままの建物なんかはほぼ見なかったので、だいぶ復興してきたのだろう。

 

 

地震の爪痕を唯一見てとれたのがこちらのノートルダム大聖堂

 

こちらも元はずいぶん大きい教会だったようだが地震で崩壊。

 

今は廃墟になっていた。

 

 

撤去するのもお金がかかるし、なによりここはハイチで一番の教会だったようで、それを壊すのも忍びないって事で当時のままにしているのかも。

 

屋根などが完全に崩落した状態でも十分に大きく見える教会なので、かつては本当に大聖堂だったのだろう。

 

青空が映える崩壊した壁がなんとも悲しい。

 

 

 

現在ではこの教会の隣に新しい教会が建てられていた。

 

この日は日曜日だった事もあり、ミサが行われ多くの人が参加していた。

 

 

 

シャンプデマールでは他にも多くの建物が壊れたのか、現在は建築ラッシュ。

 

看板を見ると「Ministry of ○○」と書かれているのが多く、政府系の建物を作っているようですな。

 

 

 

こちらもシャンプデマールにあった「無名奴隷の像」

 

ヨーロッパなんかで戦争記念碑などによく「無名戦士の墓」とか像なんかがあるがその奴隷版。

 

この像の周辺も、なにか工事中のようで近づく事はできなかったが。。

 

 

このハイチ、現在ではほとんどの国民が黒人なわけだけど、元々はアフリカから奴隷として連れてこられてきた人たちだ。

 

ちなみにこのハイチとドミニカのあるこのイスパニョーラ島に元々いた先住民は、スペイン統治時代に絶滅させられてしまったらしい。。

 

オーストラリアのタスマニア島のアボリジニも絶滅したそうだが、「絶滅」ってすごいよね。。子孫やその文化が途絶えるという。。

 

そんな過去もあるが、ラテンアメリカ初の独立、さらには初の黒人による共和制の国がハイチです。

 

まぁさっきも言ったが経済的には他の国にかなり遅れをとってしまっている状況だけどね。。

 

 

 

 

このいかにも作りかけの建物も地震の後に作られたものかな?と思ったらどうやらこれは地震前から作りかけだったみたい笑

 

なにかのモミュメントを作ろうとしたのかな。

 

シャンプデマールでもひときわ目立つんだけど正体は不明。

 

 

 

このシャンプデマールの広場には国連軍が警備に立っていた。

 

国連軍がいるという事はやはりまだまだ治安に不安があるという事だろう。

 

後でこの近くを通ったので話しかけてみたら、なんとインドの軍だった。

 

国連軍てアメリカとかフランスみたいな先進国がメインかと思ってたら、インドからの軍も参加しているのね。

 

ちょっと意外な感じだった。

 

「ナマステ〜」って挨拶してみたらけっこうウケてたけど笑

 

 

 

こちらは独立記念かなんかの像。詳細不明。

 

 

 

はい、ここまでなら「まぁ普通にキレイな国かな?」ってぐらいに見えるかもだけど、この辺りは国の中心で言わば一番のキレイ所。

 

 

ここから2ブロックほど歩けばもうこんな感じのごちゃごちゃ具合。

 

 

ちょっと歩いて気づいたけど、この町には商店みたいな店舗型の店がほとんどない。レストランも。

 

ほとんどの人が、マーケットで個人的に売買しているといった感じだ。

 

 

こうした人混みの中を歩いてみると、やはり自分のようなアジア人は目立つようでなかなかの視線を感じる。。

 

視線だけでなく、直接話しかけられたりも。

 

ただ挨拶してくるだけの人もいたが、

 

「どこから来たの?」「ハイチは初めて?」

 

なんて普通な会話をしてたと思ったら、いきなり

 

「お金ちょうだい」

 

とか言われるし笑

 

物乞いみたいな人じゃなくて、一般人が普通にお金くれって言ってくる感じ。

 

この日1日で10回近く金くれって言われたわ。

 

まぁあげる理由もないのでかわしておいたが。。

 

 

 

あと話してる最中に、オレのしてるウエストポーチ(言い方古い?)を肩かけしたカバンをちらちら見てくる奴も何人か。。

 

これも何かよからぬ事を企んでる感じで嫌よね。。こういう輩はさっさと離れるに限る。

 

 

歩く時も、「誰かにつけられていないか?」って何回も振り向きながら歩く。

 

町歩きにここまでナーバスになるのもほんとアフリカ以来かも。。

 

先に言っておくと、特にトラブルもなくて良かったが。

 

 

カメラも基本的にはずっとカバンに入れてて撮るときは、さっと撮ってさっとしまうという、ボクサーの戦法のようなスタイルで写真を撮っていく。

 

 

マーケットではおばちゃん達が野菜なんかを並べて売っていた。

 

 

 

Wikipediaで見たが、元々ハイチは食料自給率が高かったようだ。特に米は100%。

 

だが民主化以降、アメリカから安くて質の良い米が入ってくるようになり、多くの農家は失業するハメに。

 

失業者が町に集まり治安も悪化、という負の連鎖になってしまったようだ。

 

これもグローバル化の事実の一つではあるのよね。。考えさせられます。

 

 

 

マーケットの人混みもなかなかだったが、次に目につくのはゴミの山。


 

まるで道端がゴミ集積所かのように、大量のゴミが散乱している。。

 

日本なんかではもちろんあり得ない光景なんだろうが、ハイチという国ではこれが普通なのだろう。

 

これもアフリカで見てきたような光景だ。

 

↓ゴミの山には無残な姿のぬいぐるみが。。

 

黒い点々みたいのはみんなハエです。

 

 

 

もちろん衛生的にもよくないが、ゴミの処理なんかの行政が全然されていないのか?

 

場所によってはこうした町中でゴミが火をつけて燃やされていた。

 

かなりの異臭がするのは言うまでもないね。下道もつまってるのかかなり臭いし。

 

 

日本とかの先進国が環境対策で自国にお金を使うより、まずこうした国をなんとかした方がいいんじゃないの?

 

なんて思ってしまったり。まぁ他国の事は他国だけどね。動くとしたら国連とかの話なんだろうけど。

 

 

まずはハイチのキレイな所と汚い所が見える首都のポルトープランス。

 

いや、汚い方がここでは普通な光景か。。

 

にしてもほんと「アフリカに来たのか?」ってぐらいのアフリカ感。

 

 

次回はまたその辺も含めてハイチの町歩きで見たものを載せてみますー。

 

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author:oka, category:131.ハイチ, 09:14
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