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[パキスタン]見てみたかったシーア派の祭アーシュラーの様子。
国境でテロが発生してしまったラホール。


詳しくは前回の記事を参照ください。。




もはやパキスタンを楽しめる気分ではないので出国してお隣のインドを目指すことにしよう。。


が、その前にちょうどイスラム教の祭り「アーシュラー」をちょっとだけ見たのでその様子をちょっと紹介。


そもそもこのアーシュラーというのは、イスラム教でもシーア派の祭りだ。


イスラム教も宗派が色々あるが、パキスタンの大多数はスンニ派で、シーア派は少数派。

ちなみにサウジアラビアとかほとんどの国ではスンニ派が多いのかな。例のテロ集団、イスラム国もスンニ派らしいです。まぁやつらはただのテロリストだけど。

シーア派が多いのはイランやイラクかな。


スンニ派、シーア派ってのはよく聞くと思うけど、じゃあ何が違うの?って話ですね。



えーとまず、イスラム教はムハンマドが作った宗教ですね。


で、ムハンマドの死後その後継者がいたわけですが、

その後継者を


「みんなで選んだ者が後継者になるべき」と考えたのがスンニ派


「ムハンマドの子孫が後継者になるべき」と考えたのがシーア派


というわけです。


で、このスンニ派とシーア派の間で今でも争っているのは、4代目の後継者が死んだ後、次の後継者を巡り対立し、衝突したのが今も遺恨になっているというわけですね。
(すごい簡単に言いましたが。。)

ちなみに当時勝ったのはスンニ派。なので今もスンニ派が大多数なわけですかね。

そして現在のこのパキスタンでも、このスンニ派とシーア派での争いに関するテロが絶えない。大体が、スンニ派がシーア派のモスクを爆破しようとした、みたいなテロが多いですね。


スンニ派に言わせるとシーア派は異端であり、シーア派に言わせるとスンニ派はシーア派の後継者を殺した集団で憎いわけなのです。



で、このアーシュラーの祭りは、その後継者争いの時期にスンニ派に殺されてしまった、シーア派が考える後継者のフサインってのが殺された事を嘆く?祭りなのである。



わかりましたかね??

ようわからんかもですね笑



ちなみに、このアーシュラーの祭りがあったのは、今これを書いている3ヶ月前ぐらいなので、今この記事を書くにあたって改めて調べてこれを書いてます笑

まぁすごく簡単に書いて言葉足らずな所もあるので、そのあたり興味ある方は調べてみてくださいー。





さて、そのアーシュラーの背景がわかったところで?

今回のその祭りですね。


パキスタンでもシーア派は少数と言ったが、旧市街の中にシーア派が集まる地域があり、そこに行くとアーシュラーに関するポスターとか貼り紙が多くなる。

理由はわからんけど、シーア派はこの期間黒い服なんかを着たりするようだね。



そのシーア派のエリアで見たポスター。

この人が、スンニ派によって殺されてしまったフサイン。まぁ殉教って感じでもあるようなので、こうして大々的にも祀られるわけである。

アーシュラーは、このフサインの痛みを忘れるな、みたいな感じでもあるらしい。



アーシュラーは、ヒジュラ暦のムハッラム月の10日目に行われる。

と言っても意味不明だが、要はイスラムのカレンダーでそういう日があるわけですね笑

その10日間は大体こうして黒い服を着たり、前祭みたいな感じで集まったりするようだ。

みんな黒い服を着ているね。



こちらの人も。

ちなみに自分がパキスタン人を見ても、誰がスンニ派で誰がシーア派かわからない。

まぁそれはパキスタン人が見てもそうかもしれないけど。

こうしてこの時期にこういう黒い服を着ていればシーア派の人なんだろうけど、何回も言うけどパキスタン国内でもスンニ派との争いがあるので、この服で他の町に出歩いたら一発でシーア派とわかってしまうしその辺はどうなんだろう。。?

さすがに一般人レベルでは争いはないのかな?



界隈ではこの期間中無料で食事が振舞われたりするのか、こうして道端で大きい鍋で大量に料理する人も。

もしかしたら全然関係ないかもだけど笑





そして、観光客目線でアーシュラー最大の見所になるのがこちら。


なにやら怪しげなアイテムを売っております。。




討っているのはこちら。


鎖の先にナイフがついた、まるでドラクエとかFFに出てきそうな武器。



これだけ見ると意味不明だが、

実はこれはアーシュラーでも重要なアイテム。



アーシュラーの祭りの目的に、フサインの痛みを忘れないため、救ってやれなかったのを悔やむためってのがあり、



なんとこのナイフがついた武器を

「自分の背中に叩きつけ、血だらけになりながら行進する」

というのだ。。考えただけでも痛々しい。。。



まぁ結果的に、この行進は見れなかったんだけどね。


何回も言うが、パキスタンではシーア派を狙ったテロが頻繁に起きている。

このシーア派の祭なんて、まさにシーア派が狙わせる格好の機会だろう。。


なのでこのアーシュラーを見に行こうか迷っていたんだけど、そんな時に起きた国境でのテロ。

ってことであっさりアーシュラーを見に行くのはやめたわけでした。。



ちなみにイランだったらほぼシーア派しかいないので、このアーシュラーも安全に見ることができそうだね。誰か見たりしてないかな?




その「血だらけになって行進」している画像。

ネットから拝借して載せてもなかなか過激な画像なので、

興味ある方はこちらのリンクからどうぞ

↓↓↓

「Day of Ashura」(Googleの画像検索の画面です。。)





さて、旧市街から宿に帰ろうとしたら途中でそのアーシュラーの様子に出くわした。
(これはメインの日の2日前ぐらいの出来事ね)


その一体は有刺鉄線とたくさんの警察で囲まれ、ここに入る人は一人ひとり荷物チェックを受けている。

テロ対策ですね。



観光客である自分は、ここに入らせてもらえず。


まぁ警察のえらい人もいて「あと30分すれば入っていいが今はダメだ」との事。

どうやら何かイベントをやっているのかな?

↓遠くからではその様子はわからず。



まぁ時間はあるのでしばしその警察のお偉いさんと話をしていると、

そのイベントが終わったようで中から上半身裸の男たちが歩いてきた。。



今日はまだナイフは使ってないようだが、その背中を見ると過去の古傷だろう、痛々しい傷跡が残っている。。



すごいですね。そしてエチオピアのハメル族を思い出すな。。



で、警察にこのエリアに入るOKが出てから中へ。


中では黒い服に身を包んだ男たちが、集団で歌ったりなにやら叫んだりとしている。

アーシュラー本番ではないが、もうこうやって盛り上がってるんですね。



事情を知らないでいきなり見るとけっこう異様な光景で怖いかも。。



そして、集団の中に一頭の白い馬が。

この馬もアーシュラーには重要な役割らしく、どうやらその死んでしまったホセインの馬を表しているらしい。

いろんな飾りがつけられ大そうな感じですな。



こうして行進が続いていく。

テレビ局のカメラもけっこうきていたので、シーア派の祭りではあるがさすがに関心度は高いようですね。



自分はちょっと写真を撮ったぐらいで撤収。


周りはメインの通りであってもこうして有刺鉄線で封鎖されるようだ。




で、この日宿に帰った時にワガ国境でテロが起きたことを知る。


すぐにインドへと向かいたい所だったが、このアーシュラーが行われている期間はこうして道が遮断されてしまうため、実質インドへ向かう事はできなかった。

かと言ってこのアーシュラーの本番を見に行く気にもならなかったので、数日宿でのんびりすごしてインドへと向かうことにしたのでした。。




いや、アーシュラーの祭自体はすごい見たかったんだけどね。。


結局今年のアーシュラーではテロは起きなかったようだが、やはりその可能性は無きにしもって感じですかね。。


いずれまたイランで見てみたいですな。




てなわけでパキスタンもこれにて終了。


なんとなく後味も悪いがインドへ向かうことにします。。


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author:oka, category:127.パキスタン, 12:28
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