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[リトアニア]十字架の丘
リアルタイムではイタリアのナポリです。

早速本場であるピザ、特に有名な「ダ・ミケーレ」ってとこのマルガリータピザを食べてきましたが前評判通りかなり美味しかったです。

モッツァレラのチーズもトマトソースも、生っぽい爽やかな感じでありながら濃厚な味わいでした。

なんか矛盾した言い方だけどほんとそんな感じ。

これでナポリ滞在ももう満足です(早い)









えーと、ブログではリトアニアですね。


ロシアビザ申請から土日挟んで5日経ち、無事にゲットすることができたロシアビザ


旅行代理店に代理申請してもらってあっさり取得できたものの、

ロシアビザ自体はやはり取得するのがやや難しいビザであるので嬉しいね。


あと、ロシアには、ロシア旅行に来る両親の日程に合わせて会うつもりだったので、とりあえずこれで無事に親と会えそうです笑




で、次に向かうのはリトアニアに上の国ラトビア



なんだけど、その途中に「十字架の丘」という名所があるので寄ることに。


この十字架の丘、実は写真で何回か見たことがあったんだけど、

どの国にあるかまでは知らなかったんだよね。


リトアニア入ってからガイドブック見てたら見つけて


「あ〜リトアニアだったのね」


と今に至るわけです。


で、向かった場所はシャウレイの町から、10KMほど離れた場所。

バスの本数は多くなかったけど、バスで行けます。

でもバスは、2km近くの幹線道路上までしか行かないのでそこからは歩きで。


帰りのバスの本数も少ないので、先にシャウレイのバスステーションで時間を確認しておくのが良いですね。

十字架の丘まで(その2km離れた幹線道路上まで)の、からのバスの時間を書いた紙をくれるはずです。

↓2013年8月時点の予定。左がシャウレイから。右が十字架の丘(から2kmの幹線道路)から。



バスを降りて、2KM歩いて十字架の丘へと向かう。


このバスには、もう一人日本人の短期旅行者の方がいたので、話しながら向かったのであっと言う間だったかな。

ちなみに短期の方は2週間の日程で、ドイツからポーランド、バルト三国ってルートで、このバルト三国がメインらしい。


なんでバルト三国なんかを選んだのか聞いたら、


「ちょっとマイナーな国に行きたいんですよ」


と言ってました。なるほど。





で、見えてきました十字架の丘。



あれですか。。




近づいていくと、

すでにたくさんの十字架があるのはわかるんだけど、


ふむ、正直そんなに大きい丘ではなさそうだ。


以前見てた写真だと


「丘一面に十字架が立っている」


みたいな解説だったんだよね。


確かに「丘一面」なのかも知れないけど、けっこう小さい丘なんですね笑



「丘」って聞いて、どれくらいのサイズをイメージするかは人によるかもだけど、

自分はけっこう大きいのを想像してたんだよね。


だって古いけど鉄腕アトムの歌で


「丘を越えて〜♪」


ってあるじゃないですか、鉄腕アトムが空を飛んで越すっていうイメージだから、やっぱり大きいものをイメージしますよね。

(※友達に指摘されましたが、「丘を超えて」ではなく「空を越えて」だったらしいですね。。僕の勘違いだったようです。。失礼しました)


でも実際はこんな感じでした。



別に鉄腕アトムがジェットで飛ぶほどの高さでもない笑



いや、いきなり批判的に書いてしまったが、(丘のサイズの話いらなかったですね笑)


近づいてみるとその十字架の数や雰囲気はさすがに圧倒的な感じでした。


ひたすら十字架。


十字架の種類に統一性はなく、

ほんといろんな十字架、いろんなイエスの像が立っている。



すごい不思議な感じ。

十字架に挟まれた道が丘の上まで続いている。



こうした大きいものから



みやげ物屋で売っているような小さなものまでたくさん。

ちなみにこれには願い事を書くスペースがあって、神社の絵馬みたいな感じになっているね。



そもそも、ここにこれだけの十字架が立ってはいるが、

ここはお墓ではないんだよね。


かつてロシア、ソ連に占領されていた時代に、

処刑された人のために、抑圧された民族のために、平和の祈りのために

と言った目的で十字架が建てられていったという。


ロシア、ソ連に何回かブルドーザーで十字架が撤去させられた事はあるらしいが、

またどこからともなく十字架が建てられ、今のこのような姿になったという。



なにも知らなければただたくさんの十字架が立っているだけに見えたかもだが、

十字架が建てられた意味合いを考えると、一気に尊い場所だと認識が変わる。





まぁでも個人的には

エヴァンゲリオンで「人類補完計画」が発動した時の様子にしか見えないんだけどね笑

わかります?

全人類が溶ける時に十字架になったシーンです。

参考画像、貼っていいのかわからんので割愛しますが。



もうそれにしか見えなくてずっと

「全てはシナリオ通りだ。。」

とか一人で言ったりしてました。


わからない人はテレビ版を最初から全部見て、旧劇場版を見てくださいね。




お、けっこう世界中で見る

「世界人類が平和でありますように」

っていうやつが立っていた。


世界人類の平和、、まさに補完計画の目指す先ですね。


そんな世界人類の平和だけでなく、

「家内安全」を祈る十字架もあった。

完全に絵馬状態ですね笑

家内安全、まぁシンプルですがやはりこれが一番ですね。


こんな感じでちょこちょこ日本語で書かれている十字架もありましたね。



上の家内安全のように、

これだけの十字架それぞれに、立てた人の想いがかけられている事を考えたら、

神聖な場所ではあるよね。


聖地ってのは人の想いが集まる場所。



自分は同じように十字架を立てたりはしなかったけど、

今後の旅の安全と、世界平和を祈っておきました。


世界平和ってかなり大きな規模だけど、まずは一人一人が他人に対して優しくなれる社会が良いよね。


まぁまずは自分がそうしないとな笑



ちょっと気持ちが温かくなった十字架の丘をあとにして、ラトビアに向かいますー。



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author:oka, category:93.リトアニア, 17:26
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[リトアニア]杉原千畝さんを知ってますか?
突然ですが


「杉原千畝」さん知ってますか??





まぁ偉そうに言っておいて、自分はこのリトアニアに来るまで知らなかったんだけど。。



先日訪れたアウシュビッツのように

第二次大戦中にナチスによって迫害されていたユダヤ人。


そのユダヤ人たちがヨーロッパから逃げれるように


日本へのビザを発給し、6000人のユダヤ人を救った


とされる人です。




その人の記念館が、

カウナスというヴィリニュスから3時間ほどの町にあるので行ってきました。


こちらがその記念館。


当時、日本の領事館だった建物がそのまま記念館になっているようです。



門には

「希望の門、命のヴィザ」

と書かれていますね。。


命のビザ、、なかなか激しいネーミングですが、どういう事かの解説は中で。



記念館の内部は、日本とリトアニア、そしてユダヤ人の現在のイスラエルの国の国旗などが飾られている。




まずここで、杉原千畝さんに関するビデオを見た。


そのビデオとほぼ同じような内容で、テレビの番組で取り上げられた動画がYOUTUBEにあったんだけど、今は消されちゃったのかなくなっていた。。


でも動画で見るのが分かりやすいと思いますので、興味あるかたはこのあたりの参考にしてみてください。




まぁ上で動画を見てもらえばわかるんだけど、

一応僕からも解説。


あ、まずはこちらが杉原千畝さんですね。



このリトアニアに外交官として赴任していた杉原氏。


当時は第二次大戦中真っ只中で、ヨーロッパ中でナチスによるユダヤ人迫害が続いていた。


そんなある日、日本領事館には大量のユダヤ人が押し寄せた。。


彼らが求めるのは日本を通過するためのビザ。


なぜ日本?って気もするが、


当時ナチスにより迫害されていったユダヤ人が生き延びるためには


ソ連から日本にわたり、そこからアメリカやオランダ領の島へ移動するしかったという。




押し寄せたユダヤ人が求める日本へのビザ


杉原氏は、日本本国にビザ発給の許可を求めたが、


日本からの回答は「否」。


当時日本とドイツは同盟国と言う事もあってか、ユダヤ人へのビザ発給、つまりはヨーロッパからの逃亡に手は貸せないという事だったのだろうか。。




だが、杉原氏は日本本国からの指示に背き、


独断でユダヤ人にビザを発給することにしたという。



そこから杉原氏はビザを書き続け、本人がリトアニアを退去する電車の中まで書き続けていたらしい。


↓その発給された、ビザの見本。

当時の杉原氏は「領事代理」という、そんなに高い地位ではなかったようだが、ビザを発給したんですね。




ユダヤ人たちにとって、日本へのビザは本当に

「生き延びるためのビザ」

まさに

「命のビザ」

だったのだろう。




こうして救われたユダヤ人は6000人にものぼるとの事です。



なんか文章で書くとけっこうあっさりだな笑


やはり是非youtubeでも動画で見てもらえた方が状況がわかりやすいかもですね。

↓そのあたりの概要


↓記念館の内部。



イスラエル建国後、杉原さんはイスラエルからユダヤ人のために行動してくれた人として

イスラエルから表彰されているらしいですね。



でも


日本本国から指示に背いて勝手にビザを発給したので

当時の日本からすると大問題の行為ではあったみたい。


まぁ職務命令違反というか、権限もないのに勝手にビザを発行してた不届き者って扱いだったみたいですな。まぁそりゃそうか。


杉原さんは帰国後、外務省というか役所を実質解雇されてしまったようです。


だけど、かなり何年も経った後だけど、

この杉原さんの”ユダヤ人を救った人道的な功績”を、今は日本政府が認めているようですね。





にしても、こんなかっこいい日本人がいたとは知らなかった。。



本国の命令に背いてでも、自分が正しいと思ったことをやりぬいた意志と行動力



こんな事ができる人はなかなかいないんじゃないでしょうか。


もし自分がそんな状況の置かれていたら、はたして杉原氏のように動けたか。。


杉原千畝さん、間違いなく尊敬できる人の一人です。


ここを訪れることができた本当に良かったです。



記念館を出て、カウナスの町を歩いていたらユダヤ人の家族を見かけた。


昔は迫害されていたが、今はまたこうして平和な光景がカウナスにはありました。


特に話しかけたりはしなかったけど、きっと杉原さんの事は知っているだろうね。








カウナスにある記念館だけでなく、ヴィリニュス市内にはこんなモミュメントも建っている。


その辺を歩いていた、若い女性に声をかけてこうして写真を撮ってもらいました。


杉原さんの記念碑ですね。後ろには桜の木が並んでいます。





ちなみに、、、



この女性に「このモミュメントの人、ジャパニーズなんだけど誰か知ってる?」って聞いてみたら


「全然知らないわ。誰?」


との事。。


あ、そうですか。。笑



一応、簡単に説明してみたら「すごい人ね!」とか言ってくれたけど。




あと、ヴィリニュス市内に「スギハラストリート」みたいに通りの名前にもなっているようです。

ちょっと遠かったので行かなかったけど。



ちなみに杉原氏は岐阜出身のようで、岐阜にも記念館があるようですね。

帰国したら行ってみたいと思います。




さっきも言ったけど、本当に日本が世界に誇れる偉人ですね。



その自分の意志の強さや行動力、


自分も真似できるように頑張らなくては。。



このリトアニアの地で色々考えることもできました。





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[リトアニア]ヴィリニュスでロシアビザ申請
ク〜リスマスが今年もやってくる〜♪

ってことでクリスマスですね!

ケンタッキーのCMがいまもこの歌なのか知りませんけど笑



今年はバチカンでのクリスマスってことで、

25日の午前0時に、カトリックの総本山聖ピエトロ大聖堂にいってみます。

まぁ信者でもないし、ミサには参加できないだろうけど雰囲気だけでも味わってみます。

(これ書いてるの24日です。。)





えーと、ブログですね。



2日間有効でのトランジットビザで入国したベラルーシ

2日目も、この日中に出国すれば大丈夫なんだけど、

昨日でミンスクの町にも満足したので、朝10時くらいのバスにて次の国リトアニアに向かう。



これで昼過ぎに到着すれば、到着してその日中にロシアビザの申請ができるかもしれないしね。




バスは順調に走り、リトアニアとの国境へ。

ベラルーシ出国もあっさり終わり、次はリトアニアの入国。

↓リトアニア入国の看板。完全にピンボケで失礼いたします。
なら載せるなって話だけど、まぁ雰囲気だけでも。。


リトアニアに入り、これでまたシェンゲンの領域に入ることになる。

一応計算するとシェンゲン内に入れるのは、あと30日ぐらいかな。

今後まだ行きたいところが多いのに、30日ってのはかなりしんどいけど。。

まぁ予定やルートはその時にまた考えましょう。




ドライバーにパスポートを預けたら、あとはまとめて処理してくれたので楽チン。




で、返ってきたパスポートを見てみると、、



ありゃ?リトアニアの入国印がない??



もう出発しそうなバスを止めて入国審査の窓口に行く。


「あのーすみません 入国印がないみたいですけど?」


「お前は日本人だろ?日本人はビザがいらないんだよ」


「ん? いや、ビザは確かにいらないんだけど、スタンプは必要でしょ」


「だからビザがいらないんだからスタンプもいらないんだよ」


「いやいや笑 ビザとスタンプは関係ないでしょ笑 どうでもいいからスタンプくれ」


「だからいらないんだって! ったく、分かってないなぁ。。」


「・・・・」


みたいな感じで、スタンプ押してくれと何度も頼んだけど結局押してもらえず。。


出国の時に問題にならないといいけど。。


まぁ今回これでシェンゲンに再入域となるわけだけど、

もし今後シェンゲンをオーバーするようなことになった場合に、

適当にごまかすことができそうだからこれはこれで好都合か。。?


と思うことにしましょう。

※ちなみにその後フィンランドから出国したけど全く問題なしでした。。

シェンゲンの期間も問題ないのでご心配なく。







で、出発して5時間ぐらいでリトアニアの首都のヴィリニュスに到着。



時間がまだ午後3時くらいだったので、すぐにロシアビザの申請に行き無事に完了。





ロシアビザ。


基本的には日本以外の第三国で取ることは難しいとされているんだけど、

バルト三国やフィンランド、ウクライナと言った隣国だと取得することが可能みたい。


まぁこれも大使館に直接申請に行くんじゃなくて、

旅行会社に代理申請してもらうって形なんだけどね。

とにかく、ここヴィリニュスではお金払うだけであっさり取得することが可能。


これもベラルーシビザに続き、世界ウォーカーさんが詳しく書いているのでそちらを参考に。


なんかこれを見てこの旅行会社に行く日本人旅行者が一気に増えたらしい笑

今はネットで間単に情報集まりますからねー。



自分が申請したビザは受取が3日後、でも土日を挟むので実質5日後となる。

なのでこのヴィリニュスには6日滞在することになる。。





6日間、けっこうのんびり過ごしたけど、ヴィリニュスの見所はたくさんある教会かな。


とりあえずつらつらとその辺の写真でも。


↓旧市街への入り口。「夜明けの門」



旧市街の内部には、たくさんの教会があるが、

それぞれ様式はけっこう違っている。まぁその違いはわからないんだけど。。

↓聖テレサ教会。


↓聖カジミエル教会。


↓聖アンナ教会。

これはゴシック様式って建物なのはわかる。


↓こちらはヴィリュニス一番の大聖堂になるのかな。

「大聖堂」らしいです。

ちなみにこれらの教会の名前は、実際に町歩きしてる時は全然知らなく、ただ”教会”としてしか認識してないんだけどね。

今ブログを書いている時にガイドブックみて名前知ってます笑

まぁそれだけ、そこまで興味ないってことですけど笑


↓ゲディミナス塔。

ひときわ目立つ、見張り用の要塞みたいなの。


↓不気味な像たち。

多分オペラ座とか劇場にあったと思われる。


こちらはソ連の秘密警察、KGBの博物館

歩き方によると、「拷問に使われた施設や器具がそのまま残る」みたいな解説が書いてあったので、期待して?行ってみたら、実際はけっこう普通の博物館だったかな。

KGBというよりは、ソ連時代の歴史博物館と行った感じだ。


こういう昔の写真とか、


ナチスと手を組んだみたいな看板だったり。



お、これは見逃せないですな。

ソ連(ロシア)の領土図が書いてあって、北方領土がしっかりソ連領とされてますね。。

まぁ北海道民でありながら、実は北方領土問題については詳しく知らないんだけどね。

日本の敗戦直後にソ連に占領された場所ですね。

北方領土に関して、ソ連やアメリカとどういう取り決めがあったのかとかまでは知識として知っておきたいところです。まぁそのうち調べてみます。



博物館を後にして、向かったところはちょっと気になっていたエリア、

その名も「ウジュピス共和国」


そう”国”なんですね。


まぁ勝手に独立を宣言した、とかそういうレベルではなく、

シャレでそういう風に言ってるだけだろうけど。

なんでも4月1日にエイプリルフールの日には、出入国検査官みたいのがスタンプを押してくれるらしい。


まぁここに”入国”したからと言って特に変わることはないんだけどね、

ヴィリニュスの中でも、ちょっとアート的な物が集まったエリアみたいですね。

日本の下北沢とか原宿を”下北沢共和国”とか言ってるようなもんですかね。

これがこの国の中心らしい。なんか像が立ってますな。


適当にふらふらしてたらチベット料理屋があって、チベットグッズとかも売っていた。

店員と話したりはしなかったんだけど、もしかしたら亡命したチベット人だったのかな。

このウジュピスの自由な感じが合ってるかもですね。




まぁこんな感じでこちらものんびり滞在しているヴュリニュス。


だが、この滞在中にとんだ「おもてなし」を受けることになる。

まぁ写真見てもらえればわかるんだけど、こちら。



はい、南京虫にやられました。。


じぇじぇじぇですよ、まったく。。


もう寝る前からあの憎たらしいやつの存在を確認してて、3匹は殺したんだけど、

案の定しっかり他のやつらにやられましたね。。

南京虫が確認できた時点でもう安眠もできなかったし。


ちなみに写真撮ってないけど足の方がひどい有様だったんだよね。。


南京虫って、さされたら「かゆすぎて狂いそうになる」って聞いていたんだけど、

自分は多少肌が強いのか、確かにかゆいけどまぁ蚊にさされたのを同じくらいのかゆさでなんとかなってるんだけどね。。

まぁアフリカでもう慣れてはいるんだけど、ヨーロッパでは初の南京虫被害です。



でも同室の人に聞いてみても特に大丈夫だという、、自分のベッドにだけいたのか?



ちなみにこの宿「CENTER CITY HOSTEL」ってとこです。

そーいや「キッチンあり」ってなってたけど、実際は電子レンジがあるのみと最悪でした。。


こんな宿、半沢直樹みたいに


「土下座して詫びて頂きます(キリッ)」


って言いたいところだが、まぁそんなことは言ってられないので、

ホテルの予約サイトに的確な(辛口な)レビューを残しておきました。

まぁ今後訪れるお客にとっても、レビュー書くほうがいいでしょうってことで。


最初の3泊分はもうお金を払っちゃったので、3泊は南京虫の襲撃にあいながらなんとか耐え、

その後は「FORTUNE HOSTEL」ってのに移動。

こっちの方が値段同じで、キッチンも共有スペースも広いし快適な宿でした。





ロシアビザ申請までの間、「杉原千畝」さんの記念館にいってきました。

知ってますかね??自分は恥ずかしながらリトアニアに来るまで知らなかったですが。。


次回はそんな日本の偉人についてです。


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author:oka, category:93.リトアニア, 03:05
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