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[スリナム]世界遺産のパラマイボを歩く

はい、今日はスリナムの首都パラマイボの観光です。

 

 

 

の前に、なんか朝起きたら腕に赤い点々がある。。

 

 

なんだろ?と思って、ちょっとシャツをめくっていたら胸やお腹にも一面赤い点々が!

 

まじかー、でも特に体調は悪くもないし病気ではなさそうだ?

 

鏡で見てみると、顔にもちょっと赤い点があるように見える。

 

すぐにこの症状を調べてみたら、すぐに「あせも」だってのがわかった。

 

アレルギーかと思っただと、アレルギーのじんましんの出方はちょっと違うみたい。

 

写真も撮ったけどただ見苦しいので割愛笑

 

 

あせもは皮膚の中に汗が溜まってしまって起こるらしいけど、こんな一気に全身がなるもんなの??

 

確かに寝ている部屋はけっこう暑かったけど、でも今までもっと劣悪な条件で過ごして来た事も多いし原因は不明。

 

まぁとにかくシャワーは何回も浴びて、汗もかかないようにするのが良いらしい。

 

 

にしても「あせも」って響き嫌よね。。いかにも汚いって感じ。

 

この様子を見てたカナダ人に「おーHeat Rash ね」みたいに言われた。

 

どうやら英語だと「Heat Rash」らしい。

 

こちらの方が聞いた感じはあせもより全然良いよね。。

 

ちなみにHeat Rashも、暑すぎたらなる、みたいなそんな感じらしい。

 

 

まぁほどほどに気を付け町歩きしたいですな。

 

 

 

 

さて、このパラマイボの古い町並みは世界遺産になっているようだ。

 

こんな感じの、木造の白い家々が並ぶ。

 

スリナムはかつてオランダ領だったので、オランダ様式って事かな?

 

なかなか雰囲気が良くて好きだな。

 

 

だが木造だと、特にここみたいに熱帯の気候だと痛むのも早いのか、廃墟や取り壊された家もいくらかあったな。

 

 

 

こうした建物もヨーロッパ風よね。

 

「Presidential Palace」だそうだ。

 

こちらはその前の広場。

 

この写真だけ見ると確かにヨーロッパと変わらん。

 

 

そして誰かの銅像。かつての大統領かな?

 

ぽっちゃり体系で、大体銅像とかって正面から写真撮るけど、これは横から撮った方が面白い笑

 

 

すぐ近くの川へ。

 

かなり濁った川だけど、川イルカがいるようだ。

 

同じ宿のカナダ人にこの川イルカを見に行くツアーをかなりオススメされたけど、まぁイルカは何回か見てるしやっぱり見るならキレイな海で見たいしなー、って事でパス。

 

マナティだったら見たかったけど、多分こんなとこにはいないだろう笑

 

 

川の遠くには巨大な橋も架っていた。

 

後日車で渡ったけど、ジェットコースターみたいに一気に上がって一気に降りる感じでちょっと面白かったかな。

 

 

この川沿いに、韓国語で書かれたモニュメントがあった。

 

なぜこんなところに?

 

と思って解説を見てみると、どうやら朝鮮戦争の時にスリナムからの兵士がいたそうで、それを記念した像だそうです。

 

スリナムと朝鮮戦争なんて、まったく繋がりがわからないんだけど、まぁそうした歴史があったのね。

 

 

 

その近くにあった要塞。

 

「Fort Zeelandia」というらしい。

 

なんか小さそうだし要塞はもうさんざん見てきたしなー、と思ったら地図を見るとちょっと変わった形をしてたので入ってみることに。

 

まぁ実際入ってみても、その変わった形は実感できないんだけど、中にあった模型で見るとわかりやすいね。

 

 

この要塞、星形なのよね。

 

日本でも函館の五稜郭が有名だけど、そんな感じです。

 

星形の要塞だと、防御力が増すというメリットがあるみたいね。今wikipediaで見ました笑

 

例えば星型の先っぽ一ヵ所のが攻められても、他の先っぽから銃で援護しやすい。みたいな感じだそうです。

 

これもオランダの影響かな?と思ったら星形要塞の起源はイタリアだったみたい。

 

まぁヨーロッパ中で広まったみたいだけど。

 

 

 

要塞の中は博物館にもなっていた。

 

スリナムの他民族っぷりを表した展示が多かったかな。

 

こちらの棚は上からインド、ユダヤ、インドネシアの移民がもたらしたグッズ。

 

あと中国の麻雀牌なんかも置いてあった。

 

 

ちなみにこれだけ多様な民族がいるのはわかったけど、

 

スリナムに元々いた先住民みたいな姿はあまり見ないような?

 

一応統計的にはちゃんといるらしいが、実際町を歩いているのはほとんど黒人とインド系かな、見た感じ。

 

 

 

さて博物館を後にしてさらにふらふら。

 

こちらにあった大きい教会。

 

なんでも南米で一番大きいだか高いだかの木造の教会らしい。

 

内部は確かに木造。

 

ヨーロッパにある巨大な石造りの教会も良いけど、こうした木造のも雰囲気があって良いね。

 

ちなみに中心のキリスト像や、他にある彫刻なんかも木彫りだった。

 

 

 

あとは町中を適当に。

 

ふむ、やっぱり歩いていると、南米ってかアフリカっぽい雰囲気を感じるな。

 

 

 

マーケット。

 

そういやこのスリナムは物価がそこそこ安かった。

 

宿もドミで12USDで助かったが、コーラも50円くらいだったし、オレンジも10個で100円ぐらい。

 

ここぞとばかりにオレンジを食べてビタミンを補給しておいた。

 

こちらがスリナムのビール。

 

なんだけど、量が1ℓと多い。。パーティーサイズかよ。

 

ラベル集めるために飲みたいところだけど1ℓも飲めないわ。。

 

と思ってたらちゃんと300mlぐらいの小さいボトルもあって助かった。

 

まぁそれでもえらい苦くて半分くらいしか飲めなかったけど。

 

 

 

 

このパラマイボにも動物園があったので行ってみた。

 

 

入場してすぐに、トリニダードで見れなかった世界最大のウミガメの見本があった。


かなりでかいが、これが実際に生きていたらちょっと怖いぐらいでかいぞ。

 

やはり見れなかったのが悔やまれる。。


ちなみにこのスリナムでもこのカメも産卵が見れるらしく、同室のカナダ人は見てきたようだ。いいなー。

 

でもトリニダードと違って、そのビーチへのアクセスは個人ではできず、ガイドやボートをチャーターしないとダメとの事で断念したが。

 

まぁまたどこかで見れるでしょう。

 

 

 

この動物園で個人的ヒットだったのがこちら。

 

ダチョウが卵温めてる!

 

動物園ってこうした卵とかはすぐに保護したり人口孵化させるのかと思ったけど、ここは卵も放置で動物に任せているみたい。


見た感じ、足元には6個の卵がある。


親ダチョウはその卵を1個ずつチェックするように眺めたり動かしたりしていた。

 

ダチョウの赤ちゃんはアフリカで見たけどけっこう可愛かったのよね。

 

無事に孵化するといいね。

 

 

 

 

後はトリニダードの動物園でも見たような派手な鳥や

 

猿(名前わからん)

 

あとジャガーなんかがいたり

 

ってかヒョウとジャガーって何が違うんだ?と思ったら、柄の模様がちょっと違うみたいです。

 


 

 

ここの動物園はそんなに大きくなかったな。

 

動物を見るってよりも子供の遊び場としての場所がメインで動物は完全にサブって感じ。

 

まぁそれなりに楽しめたけど。

 

 

スリナムには4日滞在したけど、川沿いや世界遺産になっている町並みの雰囲気もよくて好きだったかな。

 

人も穏やかな感じで、他民族だからかアウェー感もそこまでなかったし。

 

次はお隣の、南米の中のフランス、仏領ギアナへと行ってきます。

 

 

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author:oka, category:141.スリナム, 07:42
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「命のビザ」で辿り着いたのは、スリナム。

トリニダードトバゴを出て向かうのは南米大陸!

 

ようやくの南米って事で、自分の旅もようやく世界一周っぽくなってきました笑

 

その南米で、最初に降り立ったのはスリナム

 

「ギアナ三国」と呼ばれる、南米の右上にちょこんとある3つの小さい国のうちの一つです。

 

南米の国は全部行くので、ルート的にまずこのギアナ三国から周るのが良さそうだったのでね。

 

 

 

さて、トリニダードトバゴの航空会社「Caribbean Air」を使ったんだけど5時間も遅れてくれました。。

 

もう勘弁してほしいよね。

 

午後9時発の飛行機が結局午前2発。。

 

今日はスリナムに到着したらそのまま空港泊の予定だし、飛行機が遅れても日程に影響はないんだけどこれだけ遅れるのは全く嬉しくない。

 

ってか一番気に入らないのは、5時間遅れても謝罪の言葉とか申し訳ないみたいな気持ちが全く見られない事かな。

 

まぁその辺りが気になるあたりは、やはり自分は日本人だなとは思うけど。

 

でもやっぱりおかしいもんはおかしいからねー。

 

 

 

まぁそんなこんなでスリナムに到着したのは午前4時。

 

 

だと思ったら時差が1時間あったみたいで午前5時みたい。

 

もう朝じゃん。。

 

 

外はまだまだ暗いので7時くらいまで仮眠でもするかーと思ったけど、次の飛行機が来るのはお昼らしく、要は昼までタクシーとかシャトルバスみたいな乗り物がなくなってしまうようだ。。

 

一応ローカルなバスでも町中心まで行けるようだが、この時間では両替もできないし、ATMもまさかのVISAが対応してなくて現地通貨を手にできない。

 

って事で結局このままシェアタクシーでホテルまで行くことにした。

 

空港から町も45kmぐらいあるらしいしね。

 

タクシー代20USDは安くはないが、もう疲れていたしここは払ってもいいだろう。

 

なんせこのスリナムでは宿代がさらに下がり、一泊12USDになるからね。

 

20ドルのタクシーも、トータルで考えればそこまで痛い出費ではない。

 

 

宿に到着したのはまだ6時半とかだったけど、無事にチェクインできた。

 

そのまま仮眠し、ってか結局この日は1日休息日とした。

 

カリブを抜けて物価も下がったし、もう飛行機など日程の縛りもなくなったからねー。

 

まぁゆっくりやりましょう。

 

↓泊まった「Guesthouse De Kleine Historie」

 

ドミで12ドルで朝食付き。オランダ式の古い建物はバルコニーなどもあって雰囲気も良かった。

 

 

翌日は1日町歩き。

 

このスリナムは、南米にある国だけど国民の大体が黒人なので、南米よりもアフリカの方が雰囲気は近い。

 

国旗もなんとなくアフリカにありそうなやつ笑

 

そして黒人だけでなく、インド系、インドネシア系、中華系も多く他民族な国家となっている。

 

実際、町中で子供の集団とすれ違ったんだけど、黒人インド系、そして中華系が一緒に手をつないで歩いていた。

 

この光景にはちょっと驚いた。

 

スリナムでは普通な光景かもだけど、同じように他民族国家のマレーシアではこうではない。

 

マレーシアには、主にマレー系、インド系、中華系といるけど、マレー系と中華系ではそもそも行く学校が別だからね。

 

マレーシアは他民族国家だけど、それぞれの民族には「壁」があり、多少の緊張があるのも感じていた。

 

でもこのスリナムにはそれがなく、別な民族同士が見事に融合しているって感じたかな。

 

てなわけで町中にはこうして中華とイスラムの同時に見られたりもする。

 

まぁこうした光景自体はマレーシアなどでもよく見るが。

 

 

 

これは中華系の寺かなんかかな?

 

 

なんか菊のマークがあったので日本大使館か?と思ったら違った。

 

むしろポルトガル文化センターみたいな感じだったけどなんだったんだろ?

 

 

 

さて、スリナムにはインド系移民が多いので、インドの英雄ガンジーの像があったり

 

インド移民の象徴の像があったりする。

 

ヒンズー教の寺院も見かけたな。

 

 

食に関しても豊富で、こうした中華料理や

 

インドのカレーやインドネシア料理などもあって幅広い。

 

これはローカルな料理だと思うけど基本カレー味だった。

 

カレーだとご飯が進むので良いよね。

 

最近食欲があまりなかったけど、これはけっこう食べれたな。

 

 

 

 

さて、さっき上の写真でも載せたけどモスクもあった。

 

多分インドネシアか、インドの移民によってもたらされたのだろう。

 

このスリナムはかつてオランダ領だったので、同じくオランダ領だったインドネシアからの移民が多かったみたいね。

 

 

 

そしてこちら、ユダヤ教の寺院のシナゴーグ。

 

 

 

なんとこのモスクとシナゴーグ、隣合ってるのよね。

 

ユダヤとイスラムが敵対しているイスラエルではまず見られないような光景だが、これも他民族なスリナムならではか。

 

 

 

 

 

 

そしてこのシナゴーグ。。。

 

 

なんでこの南米のスリナムにあるんだろう?

 

 

シナゴーグがあるって事はユダヤ人がいるって事なんだけど、

 

 

この理由、すぐにピンとくる人いますか??

 

 

 

わかった人はかなりの歴史好きですね。いずれ一緒に飲みましょう笑

 

 

 

 

おそらく、なんだけどこのユダヤ人達は第二次大戦の時にヨーロッパから逃げてきた人達だ。

 

ナチスによる迫害から逃れるため、当時逃げれる「抜け道」としてあったのが、当時オランダ領だったこのスリナムキュラソー島。

 

 

そしてここまで辿り着くルートとして、通ったのがシベリアや日本なのである。

 

 

ユダヤ人が日本を通るには「ビザ」が必要だったわけだが、当時の日本はドイツと同盟国だし、簡単にユダヤ人にビザを出すわけにはいかない。

 

 

 

 

 

が、

 

 

 

 

そこを独断で、ユダヤ人にビザを発行を続けた日本人がいた。

 

 

 

 

 

杉原千畝である。

 

 

 

 

 

当時リトアニアで領事代理という立場だった杉原さんは、日本本国の意思に背いて独断でユダヤ人にビザを発行した。

 

 

その数、約6000。

 

 

ユダヤ人達にとっては杉原さんの発行するビザは、アメリカやこのスリナムへ逃げるための命綱、まさに「命のビザ」だったわけである。

 

 

 

そして、その命のビザを手にした人たちがこのスリナムに辿り着いた。

 

 

 

杉原さんのビザに関しては、リトアニアの資料館などで見ていたが

 

まさかその「辿り着く先」に今自分がいるとは。。

 

 

ビザを発行して終わりじゃなく、ちゃんとそのビザを持ってこのスリナムまで逃げてきたユダヤ人達が本当にいたんだ。。

 

 

けっこう感動である。

 

 

世界は繋がっているんだ。

 

 

是非その辺の資料なんかがあれば見たかったが、シナゴーグは閉まっていたし博物館にもなかったのでようわからずだけど。

 

 

杉原千畝さんに関しては、過去のリトアニアで詳しく書いてますので良かったら是非。

 

「杉原千畝さんを知ってますか?」

 

 

 

 

スリナムに来る前はこんなのがあるとは全く気付いてもいなかったけど、個人的にかなりヒットかなこれは。

 

なかなか良い1日となりました。

 

 

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author:oka, category:141.スリナム, 06:16
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